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うなづき商店 地サイダー サイダーへのこだわり

うなづき商店  地サイダー開発ストリー

黒部 宇奈月町 うなづき商店

うなづき商店の夜明け

2009年2月の福岡。うなづき商店のサイダー開発はここから始まる。当時宇奈月町商工会青年部員であり、後に合同会社うなづき商店の初代代表に就任する中林と、中心メンバーの一人である古川が、福岡県で開催された商工会青年部全国大会に参加した時のことである。

そこには「地サイダー」ブームの火付け役と言っても良い、某有名「地サイダー」が出品されていた。「地サイダー」という新鮮な響き、商品から伝わる懐かしさ、そしてなんといっても、同じ商工会青年部員が開発した商品であること。
まさに「地サイダー」に一目惚れしたのである。 「自分たちも作ってみたい!」
宇奈月に帰ってくるやいなや、部員に声をかけ合い、「どこにも無い自分たちのサイダーを作る」というドラマの幕が開ける。

すでに頭の中には、完成したサイダーが想像されている。そう、参考書を買っただけで、試験に受かったような気分。しかし現実はそう甘くは無かった。サイダーはもちろん、飲料水の製造経験者、飲料水メーカーの勤務経験者はいない。何から手を付けて良いか分からない。まずは各地の「地サイダー」を飲んでみなくては。そんな声から、全国各地の地サイダーを取り寄せ飲み比べた。飲んで飲んで飲み比べていく内に、ある一つの想いに辿り着く。

「素材にこだわった、本当に美味しいサイダーを作ろう!」

その「想い」は、語らずともメンバーそれぞれが以心伝心のように共有された瞬間だった。では、自分たちがこだわる素材は何か。答えは早かった。名水の里黒部の「水」しかないと。

高い壁ほど乗り越えたい

しかし大きな壁が立ちはだかる。製造委託先を見つけることであった。

自分達はあくまでも商工会青年部員。本業の合間を縫っての活動。もちろん工場を建てる、設備を揃えるといった資金力も無い。通常飲料水の製造では、その主原料である「水」は現地調達であり、工場も取水地付近に建てる。水をわざわざ運搬するにはコストがかかるからである。

うなづき商店 北陸ローヤルボトリング協業組合

しかし、自分達が使いたい名水百選黒部川扇状地の伏流水取水地付近には、炭酸飲料でしかも瓶入りサイダーを小ロットで委託製造可能な工場は無い。委託先が見つからなければ、その夢はまさにサイダーの泡のごとく消えてしまう。。。

わざわざ「水」を運搬してでも、作りたいサイダーがある。熱い「想い」が奇跡を起こした。北陸で唯一、自分達が希望する条件で製造を受託してくれるメーカーが見つかった。清涼飲料水業界でも知る人ぞ知る、創業40年を超えるサイダーの老舗メーカー「北陸ローヤルボトリング協業組合」(以下、北陸R)であった。

ビジネスとしては全く小さい話しであり、しかも他県からの依頼。しかし「地域資源を使った商品開発を通して、地域に貢献したい」という自分達のメッセージに、社長の森田氏は快く協力の手を差し伸べてくれた。実はご自身も同じような想いで取り組んだ経験があったからだという。

うなづき商店 北陸ローヤルボトリング協業組合

地サイダー開発へのもう一つの壁

最良のパートナーを得てからは、商品開発にも勢いがつく。しかしもう一つの壁があった。

それは、商品開発後の、安定生産と販売体制、そして資金であった。商工会青年部の枠組みでは開発商品の販売はできない。様々な意見の中でたどりついたのが、青年部有志で会社を設立することだった。そしてメンバーの中である理念を掲げた。一つは、ふるさとに貢献できる事業を行うこと、一つは、事業継続のために適正利益を追求すること、一つは、メンバーは本業に支障ない関わり方をすることであった。

そして資金。2009年10月のうなづき商店設立時、青年部有志13名からの出資金(2万/口)のみでは、初回ロットすら製造できない。そこで活用したのが富山県新世紀産業機構の助成金制度だった。

第一弾商品「黒部の泡水」

宇奈月町商工会青年部員の熱い「想い」と関係者方々の協力が結実し、うなづき商店第一弾商品名水サイダー「黒部の泡水」は、2010年1月27日に発売された。構想から約1年の短くも長い時を経て完成した商品。「黒部の水」を専用タンクに詰め、北陸Rのある福井までメンバーが運搬。水の良さを活かすために果実から作った高品質の果糖を使用。サイダーの懐かしさを感じてもらうために、時代とは逆行する「ビン」と「王冠」を採用。

富山県初の本格的「地サイダー」、そして、これも富山県初の商工会青年部有志によって設立した会社という話題性もあり、発売当初から多くのメディアにも取り上げていただいた。

うなづき商店 名水サイダー 黒部の泡水

地域資源を活用した第二弾商品「完熟林檎のサイダー」

「黒部の泡水」は、黒部、そして宇奈月への貢献と、全国にこの地を知ってもらうことを前面に押し出した商品だ。しかし、全国に知られていない地域資源は、周辺地域にまだある。隠れた地域資源を、全国から来る人々に知ってもらいたい。「黒部の泡水」で培った経験を活かし、地サイダー第二弾を開発する上で注目した材料。魚津の「加積りんご」だった。

加積りんごとの出会いは必然だった。加積りんごの美味しさや品質の高さは、全国でもトップクラス。魚津市加積地区は100年以上の栽培の歴史がある、県内の主力産地だ。かたや黒部の水。清流日本一となった黒部川、そして名水百選にも選ばれた名水は、100年の歳月をかけて地中で磨かれ湧き出ると言われている伏流水。最高の素材同士で出来上がるサイダーが、美味しくないわけがない。

うなづき商店 地サイダー 魚津加積りんご

加積りんごのポテンシャル

最初の試作で衝撃が走る。専用の試作器に加積りんご(ふじ)を皮ごと絞って作られたジュース(ストレート果汁)、水、炭酸を注入し、カップに注ぎ込む。その瞬間加積りんごの芳醇な香りが漂った。そして一口。加積りんごの美味しさが口の中いっぱいに広がる。果汁入り炭酸飲料は通常、フレーバーを補うために香料が入る。しかし、加積りんごはそれすら必要のないくらい、香りが良く味が濃いのだ。驚きは自分達だけではなかった。数々のサイダーを作り上げてきた、北陸Rの森田社長も、加積りんごのポテンシャルの高さに驚きを隠さなかった。
またある時、子供達に各地のりんごジュースを飲み比べてもらった。その中で最も「美味しい」と言われたジュース。言うまでもなく、「加積りんご」のジュースだった。

またある時は、関西の料理研究家に「加積りんご」を食べてもらった。甘み・酸味・香り・食感、全てのバランスが最高だと絶賛。今まで各地のりんごを扱ってきた食の専門家からの声に確信を得た。
なぜここまで、美味しいりんごが作れるのか。それを知るために、りんご生産者の元へ。そこには自分達の想像を遙かに超えた「りんご栽培」へのこだわりがあった。

ある人から聞いた。加積りんご農家さんは、1年365日、命をかけてりんごを育てていると。自分達の身近な場所で栽培されている「りんご」。それまでは、たかが「りんご」と思っていた果実が、宝石に見え始める。同時に「加積りんご」を扱うことの重責を感じ始めた瞬間だった。

壁は乗り越えるためにある

加積りんごの美味しさを最大限に引き出すためのポイントは3つあった。それは、ストレート果汁であること。果汁の割合を多くすること。そして極力不必要な材料を省くこと、であった。

それぞれに壁があることは言うまでもなかった。
最も大きな課題は、ストレート果汁を30%という割合でボトリングすることであった。通常果汁入り炭酸飲料で使用する果汁は濃縮還元果汁。最も大きな理由は、炭酸注入時に発生するフォーミング(泡)を抑制するためである。しかし濃縮還元では果実本来の美味しさや香りは失われてしまう。さらに果汁割合が多いほどフォーミングが発生しやすく、ボトリングできなくなるため、果汁割合10%以下がほとんど。

しかし、自分達が選択すべき道は一つ。ストレート果汁を使い、果汁割合は限界ぎりぎりと考えられる30%。森田社長はこの無理難題を受け入れてくれた。しかし、今まで手がけたことのないサイダー。40年のベテランでも、「必ずできる」という言葉は無かった。それでも、この商品に挑戦してくれた理由、それは、命をかけて生産者の方々が代々作り上げてきた「加積りんご」に対する「想い」と「歴史」が、同じ職人でもある森田社長にも通じたからだろう。

ストレート果汁30%、香料・保存料・酸化防止剤無添加。自分達が描く究極のサイダー。
「製造可能の目処がたった。」という返事をいただいたのは、依頼開始から2ヶ月半後だった。

「商品」作りを通して「想い」を繋げる

名水百選プレミアム「完熟林檎のサイダー」は、単なる地サイダーではない。

どこよりも素材にこだわり、製法にこだわったサイダー。そして、このサイダー商品化に協力いただいた関係者の方々全ての「想い」が一つになった商品である。その「想い」の結集を、是非味わってみてほしい。

うなづき商店 地サイダー 魚津加積りんご

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